さて、今日で春休み終了。明日は入学式です。
 
そしてついに私も高校3年生。正直ブログなんてやってる暇じゃありません。
 
宿題?どうせ提出11日だしね!
 
 
 
さて、昨日の話になりますが、ウルトラシリーズの[ウルトラマンガイア]を全編視聴しました。
 
本題にもなりますが、今回は、ガイアの考察ならびに感想を。
 
イメージ 1
 
 
まず初めに作品紹介を。
 
1980年代、世界各国で時を同じくして天才が生まれ始めた。そんな天才たちは、やがて互いに意思を疎通させ始め、ネットワークを形成していった。そして西暦2000年、そのネットワーク、アルケミー・スターズの一員、高山我夢は大学の量子物理研究室で自らの意思を粒子加速にシンクロさせる実験を行っていた。その目的は地球の意思を知ることで、我夢は粒子加速領域で大地の底のウルトラマンを見る。なぜ
、そんなことを。我夢は知っていた、地球の危機が近いことを。そしてその危機に対処するべく、我夢を含むアルケミー・スターズは世界のトップに働きかけ、4年間に渡って地球を防衛するための準備を進めていた。だが、ついに運命の日がやって来る。宇宙に発生したワームゾーンから結晶体が落下、結晶体を砕いて巨大な宇宙戦闘獣が現れた。アルケミー・スターズの成果の1つといえるXIGのXIGファイターがただちに出撃するも、初の実戦に性能を生かしきれない。ファイターの苦戦と逃げまどう人々を眼前にした我夢は、自分達の努力が「間に合わなかったのか?」と無力感にさいなまれるが、その刹那、“地球の気持ち”が我夢を包み込んだ。そこには、あのウルトラマンの姿が大地のウルトラマンの誕生である。だがこの時、我夢は知らなかった。自分が2人目であることを・・・。(公式サイトより)
 
 
 
平成三部作のトリを飾り、かつその後のヒーロー作品に強い影響を与えた作品として有名で、今回、私はおおまかな内容は覚えていましたが、ストーリー展開など曖昧な点があったので、今回見返すという選択に至りました。
 
 
 
観終わった後の感想としては、やっぱり秀逸な作品だったなぁと思わされます。
 
様々な挑戦的要素を仕組みながらも、それらの要素全てを無駄にしなかった作品だと私は思います。
 
まず、私が感じた限りでは、この作品は今までのウルトラマンとは違って、若干人間を批判した見方がされているなぁと思います。
 
これまでにもこれまでにもそういった人間を否定的に捉えたエピソードは見られましたが、この「ガイア」は全編にわたってそういった問題が取り上げられているなぁと。
 
主人公は天才と言う設定ですが、「人類と地球を全て守る」という考え方を持っており、それに反発するかのような巧みなストーリー展開が見事だなと。
 
敵は勿論「人間を排除する」宇宙からの侵略者ですが、彼らの理屈を聞く限り、「その考えもアリだな」と思わされるような理屈が多い事も特徴。
 
この作品では「人類」と「地球」を分断した考えが為されており、それらの違いが明確に現れます。
 
まず、[ウルトラマンが2人いる事]
テレビシリーズに主人公と並ぶほどの存在感を持った2人目のウルトラマンが存在していたのは、これと「ウルトラマンメビウス」のみであり、この2人のウルトラマン両方にスポットを当てていくことで物語が進みます。
 
2人目のウルトラマン・アグルというのがガイアの特徴である「人類と地球を分断した作風」にかなり見合う奴で、地球を守るために人類を排除しようと考えるウルトラマンで、「両方助ける道を探す」ガイアと、「地球を守るために人類を排除しようとする」アグルの関係が最大の見所だと思うんです。
 
 
2つ目は[地球の怪獣と宇宙の怪獣を分断している事]
アグルの存在もガイアという作品がどれだけ意欲作であるか証明しているのですが、私はこちらの方がガイアに相応しい要素だと思うんですよね。
 
今までのウルトラマンは、とりあえず人類を中心に物事を考え、それを害する怪獣と戦う、というスタンスでありましたが、今回は若干異例で、登場する殆どの怪獣には大した悪意はなく、それを取り巻く環境的要因を中心に考えている辺りがとても秀逸だなと思いました。
 
中でも地球出身の怪獣は、正しくガイアの大きな特徴である「地球と人類を分けた考え方」を象徴する存在で、大抵倒される怪獣は人間のエゴだったりする。ガイアも所詮人間ですしね。
 
特に、38話のティグリスの回では、狂暴化した怪獣に部下を殺されたヒイラギ参謀が独断で怪獣を攻撃させて怒らせ、地上に出てくるや否や自ら手にかけるという悲劇的なエピソードも展開されています。
 
その点これは今までのウルトラマンとはまた違ったテーマで「正義とは何か?」を考えさせられますし、怪獣の定義についても考えを改めることが出来る良い機会となった作品だと思います。
 
この「怪獣が本当に悪い奴なのか?」という問題提起からも「人間を批判した作風」というのが伺えますね。
 
作風では怪獣が暴れる行為について「地球の叫び」と表現していたのが面白かった!
 
どちらかと言うと、地球の意志としては怪獣も人間も善良な生物という事なんでしょうけど、人間がそれを望まず、自らの利だけで動く。当時流行っていた無差別殺人なんかとも、本当に若干とは言えど関わっているのかも。
 
特に、第8話で、我夢の友人だった女性が言い放った
 
「人類だってたまたま進化し過ぎただけで、その時が来れば地球はきっと人類を見捨てるわ」
 
というセリフが印象的です。
 
それに対する我夢の答が、
 
「それは違う。だって、そでなければ、ウルトラマンなんていないから・・・」
 
って答えるわけですよ。勿論これまでのウルトラマンだと、人類だけでなく、地球も守らなければならない。
 
しかしそれだと地球怪獣を殺す事も定義に反してないか?ウルトラマンなんて結局は人類に賞賛されたいだけじゃないか?
 
そういう疑問に真っ向からぶつかっていったのがこの作品で、8話でのやり取りは今見ても非常に感慨深いです。
 
 
 
一方で「宇宙怪獣」は「地球を大事にする地球怪獣」とは違って、破壊を目的としているのか?
 
勿論それも違って、「人類の破滅を望む破滅招来体によってテリトリー以外の場所に連れ出され狂暴化している」という設定になっており、宇宙怪獣にそれなりの破壊理由も設定されて、正しく「何が正義なのか分からない」という、これまでのウルトラシリーズではごくまれにしか無かったものを毎回化してるのが良かったですね。
 
「怪獣共存」というテーマを微妙に複雑化したのが「ガイア」で、これを単純に子供に伝わりやすくしたのが次作「コスモス」であり、そういう意味でもウルトラマンの新たな可能性を生み出したのではないでしょうか。
 
 
 
 
従来には無いドラマ性に富んでいて、大河的脚本のようなストーリー展開を行うのも「ガイア」の特徴で、1話完結のエピソードが多いウルトラシリーズの中でも、一際異彩を放っているかと。
 
アグルと言う2人目のウルトラマンの存在がいるから、でもあるのですが、キャラクターが引き継いでレギュラー化したり、同じ怪獣が何度も再登場したり。
 
1クール目ではガイアとアグルのそれぞれの活躍を描いていますが、2クール目からは両者の考え方の違いによる衝突と決着、3クール目ではアグルの力を得たガイアの新たな戦いを描くと同時に、怪獣が悪ではなく、人間にも問題があると描き、4クール目ではアグルが復活して、破滅招来体との決着を描く。
 
この間に丁度いいテンポでマイナスのテーマの話が盛り込まれており、考えさせられる話になってるのが良い感じ。
 
怪獣が出てくる理由も明確で、アルケミー・スターズが予見した「破滅をもたらすものの出現時期」にコッヴが登場と、視聴者にとっても見やすかったのではないでしょうか。
 
上記の怪獣がどうたらこうたらだけでは、この作品が唯単に理想論を掲げているだけのようにも見えますが、この他の要素が入ることを許さない油断も隙もないスピーディなストーリー展開。
 
 
 
そして、作品の主人公が天才と言う設定のため、随所に科学用語が盛り込まれていたのも良かったですね。この怪獣がこうこうこうだからこうこうこういう対策を・・・という戦略的要素も盛り込まれていて楽しかったです。
 
 
 
 
 
 
で、テーマやストーリーが素晴らしいだけでなく、子供受けしやすいようにキャラクター的にも様々な新機軸が盛り込まれていたのも関心。
 
アグルというウルトラマンの参加は勿論ですが、ガイア自体もそれなりに新規要素が見られました。
 
「タイプチェンジ」が2作続いたことのマンネリを打破し、特撮ヒーロー初の「強化型」となった事。
 
また、如何にも子供受けしやすいようなずば抜けて強いスプリームヴァージョンを後半から導入するなど、スタッフのやる気はかなりのもの。
 
また、特捜チームXIGが3人1組のチーム編成で行動し、戦闘機はコンテナ型となり戦闘母艦に収納されるという凝った設定にも注目。
 
これにより玩具の売れ行きも上昇。私も楽しく遊んでいたのも覚えてます。
 
 
あとは、怪獣のデザインや能力。14話登場のアンチマターは物質と反物質を反転させてこの世を反物質の世界に飲み込もうとしたり、人の頭脳を覗いたりマインドコントロールを働くメザード、奇抜なデザインのガンQなどなど・・・。
 
決して難しい話続きで子供を置いてけぼりにする展開ではなかったですね。
 
 
そして何よりキャラが多い。XIGというチームの性質上、メンバーは大jのですが、それでも誰一人として空気キャラにならない、これは本当に素敵。
 
 
 
 
これだけ詰め込んでも、やっぱり若干の欠点はあるかなとも思います。
 
1つ目は「要素を単純化させ過ぎてコスモスへ負の遺産を継がせてしまったこと」
 
ガイアの良い所はやっぱり怪獣と人間と地球という、この3つの関係を同時に描くことで、怪獣の命の重さとか、人間の過ちとか、そういうのが描かれる事だと思うんですよ。
 
複雑だからこそ意味がある、命の重さを扱うにはガイアくらいの複雑さが丁度良いわけでw
 
次作のコスモスでは、それをあまりにも単純化してしまって、ただ単に「怪獣を救うのが正義」と甘すぎるテーマになってる気がするんですよねぇ。
 
勿論コスモスにも良いところはあるのですが、コスモスはガイア見た後だとあまりにも軽い。まず怪獣を救う事が第一で、その他が重視されてないのはちょっと・・・。
 
ガイアであれだけ多くの人が悩んだことを、コスモスでは当たり前のようにやってしまう。これいかがかとw
 
勿論これは欠点と呼ぶにはちょっと違う気がするんですが、やはり進化しなければいけないシリーズ物において、次作で前作で養われた要素を勘違いしてやってしまうのでは、やはりシリーズとして問題ですよw
 
 
 
2つ目は「ストーリーの起伏の激しさ」
 
あまりにも持続性の高いエピソードのため、中盤以降がちょっとたるいんですよね。2クールも使って2人のウルトラマンの葛藤や関係、怪獣の在るべき姿を描いたのに、ガイアV2出てからアグルV2出るまでがちょっとたるいんですよね。
 
アグルがいなくなって、ガイア1人になるわけですが、やっぱそれだと出てくる怪獣をガイアがバンバンやっつけるだけの単純ストーリーで・・・。
 
勿論深みのある話も多いのですが、基本的につまらない話が多い。ルクー回とかウルフファイヤー回とかアルゴナ回とか誰得w
 
しかし、後にアグルV2となる藤宮が再登場する事で、再び「人間を批判した作風」が戻ってくるので、結局面白くなるんですけどね。
 
[悲しみの沼]は平成ウルトラの中でも屈指の名作だと思う。
 
 
 
 
 
 
色んな挑戦的要素を盛り込みつつ、それらを全て消化した作品「ウルトラマンガイア」
 
近年の消化不良感が漂う近年の特撮も見習ってほしいと思った特撮作品ですね。
 
 
是非一度見ていただきたいです!
 
 
 
 
 
 
 
それでは!